2000年代のソニーを振り返る 家電のソニーが最高潮から衰退へ -銀座ソニーパーク「100.80.60.展」アーカイブ- 

life

銀座ソニーパークで開催された「銀座・

ソニーの100・80・60展」を訪れると、

単なる企業史を超えた“時代の記憶”が

鮮やかに蘇ってきます。

なかでも2000年代は、ソニーが最も

輝き、そして同時に大きな転換点を迎

えた象徴的な時代でした。

今回は、2000年代のソニーの展示を

振り返ります。

「家電のソニー」から現在の「ゲーム・

エンタメのソニー」への転換点となる

時代です。

ブログ村ランキングに参加中!応援クリックお願いします

にほんブログ村 科学ブログ 科学ライフへ
にほんブログ村 PVアクセスランキング にほんブログ村

銀座ソニーパーク「100.80.60.展」

 銀座ソニーパークビルの外観

銀座ソニーパーク「100.80.60.展」(4月24日

~5月31日開催)を手がかりに、ソニーの“銀座

の記憶”と1990年代の黄金期を重ねてたどると、

同社が家電メーカーから世界企業へ跳躍した空気

がよく見えてきます。 

銀座でたどるソニーの時間

「100.80.60.展」は、銀座100年・ソニー80年・

ソニービル60年を同時に振り返る企画で、昭和10

0年を機に銀座の街とソニーの歩みを重ねて見せる

展示です。


単なる年表ではなく、10年ごとの空気感を切り取っ

て“街の変化”と“企業の変化”を並べるつくりなので、

ソニーの歴史が生活文化の変化として立ち上がって

きます。


この視点は、技術史というより「暮らしの風景を変

えた会社」としてソニーを見るのに向いています。

2000年代のソニー

まず思い出されるのは、1999年に登場し

2000年代初頭にかけて話題をさらったロ

ボット犬「AIBO(アイボ)」の存在です。

家庭にロボットが入り込む未来を、現実の

ものとして提示したこの製品は、単なるガ

ジェットではなく「ソニーらしさ」の象徴

でした。テクノロジーとエンターテインメ

ントの融合という思想が、ここに凝縮され

ていたと言えるでしょう。

リモコンではなく自律型ロボットとして

登場

ボールを追いかけたり、時毒お手をして

くれたりしてくれました。

この当時のアイボは、高額で限定数

販売でした。

予約が始まるとすぐに埋まってしまう

ほどの人気でした。

ブログ筆者も当時、1台(匹)購入し

ました。 

この当時、携帯電話が爆発的に普及していきます。

2001年にはソニーとエリクソンが合弁で「ソニー

・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ」

を設立。

カメラ付き携帯や音楽再生機能など、“持ち歩く

エンタメ端末”としての進化が一気に加速しまし

た。

後のXperiaへとつながる流れの原点でもあります。

2000年代のソニー製の携帯電話

この展示の一商品を使っていた記憶

があります。

映像分野では、デジタルカメラの普及

が一気に進み、フィルムからデジタル

への転換が決定的となった時代でもあ

りました。

ソニーのCyber-shotは、手軽さと高画

質を両立したモデルとして広く支持を集

め、一般家庭にも「撮ってすぐ見る」文

化を根付かせました。

さらに2000年代は、日本でハイビジョン

放送が本格的にスタートした時代でもあり

ます。

それに伴い、大型液晶テレビへの需要が急増。

ソニーのBRAVIAシリーズは高画質ブランド

として存在感を示し、“リビングの主役”とし

てのテレビの価値を再定義しました

ハイビジョンにより録画媒体のデジタル化は

もちろん大容量の記憶媒体が必要になりまし

た。

そのため、大容量のハードデイスクレコーダー

が登場しました。

さらにDVDデイスクが普及

ソニーからは、ブルーレイディスク(BD)が

新発売しました。

DVDが4,5GBに対してBDは25GBと大容量

になりました。

 2003年に登場した世界初の

 ブルーレイディスクレコーダーです

 デザインが、近未来的で、デイスクは

 カートリッジ方式でした。

ゲームの世界では、2000年に発売された

プレイステーション2が社会現象級のヒッ

トを記録。

DVD再生機能も備えたことで、家庭用エン

ターテインメントの中心に君臨しました。

当時の熱気を思い出すと、まさに「一家

に一台」の時代だったと感じます。

プレイステーション2の展示

ゲームだけでなく、当時、

最先端のDVDプレイヤー

としても使用できて

大人気でした。

プレイステーション1の展示風景 

プレイステーションの人気と

成功は、今のプレイステー

ション5に引き継がれ、今の

ソニーの主力商品になっており

ます。

成功と衰退へ

こうした成功の積み重ねにより、ソニー

の株価は2000年前後にかけて最高潮を

記録し、株式分割も実施されるなど、投

資対象としても非常に注目される存在で

した。

現在の視点で振り返ると、まさに“絶頂期”

と呼ぶにふさわしい局面です。

個人的にも、この2000年代に初めて銀座を

訪れた記憶が強く残っています。

ソニービルが放つ先進性と都会的な空気は、地

方から訪れた者にとって強烈なインパクトがあ

りました。「

ここに来れば未来に触れられる」――そんな感覚が

確かにあったのです。

しかし、その輝きの裏で、徐々に変化の兆しも現れ

始めます。

韓国や台湾などアジアメーカーの台頭により、価格

競争が激化。

テレビやオーディオといった従来の主力家電分野で、

ソニーは次第に苦戦を強いられるようになりました。

ブランド力だけでは勝てない時代への移行が、この

頃から始まっていたのです。

2000s 銀座と衣替え

作家の俵万智さんが、2000年代の銀座に

ついてのエッセイを会場で紹介して

おりました。

ソニービル前で待ち合わせしたり、銀座の

店や和光の時計台について等について

書かれております。

 現在の和光の時計台

銀座和光の時計台のある風景 VideoCreator 20260502

銀座和光の時計台のある風景 VideoCreator 20260502

90年代には、地元でもソニー専門家電店があ

ったのですが、2000年代になると姿を消して

しまいこの頃より銀座ソニービルに新製品の

展示を見に行ったり、購入相談に行くように

なって行きました。

日本の経済界は不況の時代でしたが、銀座

はこの当時も活気にあふれておりました。

まとめ

銀座ソニーパークの展示は、単に過去を懐かしむだけ

でなく、「なぜソニーは輝き、そして変化したのか」

を考えさせてくれます。

2000年代は、その答えを読み解く鍵が詰まった時代。

現在のソニーを理解するうえでも、決して見逃せない

重要な章だと感じました。

スポンサーリンクサイト

ドメイン取得とホームページ作成には 

取り扱い400種類以上のドメイン取得サービス─ムームードメイン─

ブログ作成には

ロリポップのお得なキャンペーンをチェック


:::

私の今までの仕事や趣味の天文活動で得た専門知識や経験を用いて科学や天文学について、楽しくお話して行きます。アマチュア天文家 

SHOをフォローする
life
スポンサーリンク
SHOをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました