現在、CMOSカメラやスマート望遠鏡
のイメージセンサーやカメラ、PS5の
ゲームや映画等のエンターテインメン
ト等を提供する企業ソニー。
1990年代のソニーは、音響、映像を
提供する電気メーカーとして世界の
トップ企業でした。
90年代は、ウインドウズ95が、
登場した時代です。
ここから、インターネットが開花し
その後のネット社会へ飛躍的な発展
をしていきます。
ソニーからはVAIOブランドが登場し、
初代PSやMD、DVが登場します。
銀座ソニーパークで行われた「100.
80.60.展」のソニーの事業を振り返
る展示を紹介しつつ今回は、90年代
のソニーを振り返ります。
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銀座ソニーパーク「100.80.60.展」
銀座ソニーパーク「100.80.60.展」(4月24日
~5月31日開催)を手がかりに、ソニーの“銀座
の記憶”と1990年代の黄金期を重ねてたどると、
同社が家電メーカーから世界企業へ跳躍した空気
がよく見えてきます。

銀座ソニーパーク「100.80.60.展」開催当時
銀座でたどるソニーの時間
「100.80.60.展」は、銀座100年・ソニー80年・
ソニービル60年を同時に振り返る企画で、昭和10
0年を機に銀座の街とソニーの歩みを重ねて見せる
展示です。
単なる年表ではなく、10年ごとの空気感を切り取っ
て“街の変化”と“企業の変化”を並べるつくりなので、
ソニーの歴史が生活文化の変化として立ち上がって
きます。
この視点は、技術史というより「暮らしの風景を変
えた会社」としてソニーを見るのに向いています。

90年代のSONY
1990年代のソニーは、ハイビジョンテレビ
やMD、DVビデオのような“新しい当たり前”
を次々と送り出し、家庭の映像・音楽体験を
アップデートしていきました 。
ただ便利なだけでなく、「きれいに見える」
「気持ちよく聴こえる」という感覚そのもの
を製品価値にしたのが、この時代の強さでし
た 。
その流れの中で、プレイステーションの登場は
ソニーをAV機器の会社から、エンタメ全体を
動かす存在へと押し広げました 。
さらにAIBOのような象徴的な製品は、家電の枠
を越えて「未来そのもの」を売るブランドとして
のソニーを印象づけました 。

カセットテープからMDデイスクへ
ビデオテープからDVテープへ
音楽や映像のデジテル化へ移行していく
転換期でした
画像は、MDデイスクとMDレコーダー
映像機器の進化
ビデオカメラでは、Handycam系の流れの中で
Hi8や高解像度CCDを活かした機種が登場し、
家庭用でもかなり高画質な記録ができる時代に
なりました 。
DVビデオの登場は、テープのままでも画質と
編集性を大きく引き上げ、撮影した映像を“作
品”として扱いやすくしました 。
90年代のソニーは、ただ録画できるだけでなく、
「撮る楽しさ」と「残す価値」を同時に提案し
ていたのが強いです 。
音楽機器の魅力
MDウォークマンは、ソニーらしい“携帯音楽文化”の
進化形でした 。
再生だけでなく録音や編集のしやすさがあり、カセッ
トやCDとは違う「自分で編集して持ち歩く」体験が
できました 。
ウォークマンの系譜にある小型化とデザイン性も、
90年代のソニー製品全体に通じる大きな特徴です 。
当時のソニーは、スペックだけでなく、持つ喜びまで
含めて製品を作っていたと言えます 。
ゲームと新領域
プレイステーションの登場は、ソニーの90年代を語る
うえで外せません 。
それまでのAV機器メーカーという印象を越えて、ゲー
ムを通じて幅広い層にソニーの世界観を浸透させました 。
映像・音響の技術をゲーム体験に持ち込んだことで、ソニー
は「観る会社」から「遊ばせる会社」にもなったのです 。
PSは、なんといっても映像の美しさと動きのリアルさです。
3D表現の新しさと遊びの幅の広さが魅力で、ゲーム体験を
大きく変えたハードでした 。
ソフトも魅力的で
グランツーリスモは、リアルな車の挙動と美しい映像で、レ
ースを“運転する楽しさ”として味わえるのが魅力です
ストリートファイターは、シンプルな操作で奥深い駆け引き
が楽しめ、対戦の熱さとキャラクターの個性が光る名作です 。

会場には初代のプレイステーションが
展示されていました
関連記事リンク
Windows 95とVAIOの登場
90年代は、Windows 95とVAIOブランドの
登場の年です。
Windows 95は、米国では1995年8月24日、
日本では同年11月23日に発売されました 。
発売当時は深夜販売が話題になるほど注目を
集め、一般家庭にもPCを広める大きなきっか
けになりました 。
MS-DOS中心だった時代からWindowsが主流
へ移る転換点になりました 。
使いやすいパソコンの普及を後押しし、日本で
もインターネット普及の流れを加速させたOS
になりました。
90年代のソニーを語るなら、Windows 95
の登場で空気が一変し、PCが“仕事道具”か
ら“憧れのガジェット”へ変わっていった流
れは外せません。
そこにソニーがVAIOで参入し、PCG-505が
“銀パソ”ブームの火付け役になった、という
のはまさに時代の象徴です。
90年代後半、PCは特別だった
Windows 95の普及でパソコンは急速に身近に
なりましたが、当時のPCはまだ無骨で、性能と
実用性が主役でした。
そんな中でソニーは、AV機器で培ったデザイン感
覚をPCに持ち込み、見せるためのPC、持ち歩きた
くなるPCを打ち出しました。
VAIOは1996年にブランドとして誕生し、日本市
場では1997年に本格展開します。
PCG-505の衝撃
1997年に登場したVAIO NOTE 505、つまりPCG-
505は、薄さと軽さを前面に押し出したモバイルノー
トでした。
マグネシウム合金の筐体、約1.35kg、薄さ23.9mm
という仕様は当時として画期的で、見た目もメタリッ
クな銀色とバイオレット系の色合いが強い個性を放っ
ていました。
これが後の“銀パソ”文化につながり、ノートPCのデザ
イン基準を変えた存在として記憶されています。

VAIO PCG-505
斬新なデザインと軽さで当時人気だった
ノートPC
なぜ人気だったのか
PCG-505が支持された理由は、単に軽かったか
らではありません。
持ち歩けるサイズ感、所有欲を刺激する外観、
そして「ソニーが作ったPC」というブランド力
が重なり、当時のモバイルPC市場で圧倒的な存
在感を示しました。
発売直後から人気が高く、初回入荷が即完売する
ほどだったことからも、その熱狂ぶりがうかがえ
ます。
90年代 華やかな銀座
90年代は、日経平均値が当時最高値に
達成するほど日本企業が最高潮の頃
でした。
90年代の銀座の時価は世界で最も
高いと言われた頃でした。
会場で紹介されている、タレントで作家の
又吉直樹さんが太宰治ゆかりの酒場「ルパン」
に立ち寄ったというエピソードをユーモラス
に書かれております。


90年代は、雑誌や書籍の出版数が、
ピークだった頃、銀座に関連した
書籍も多数、出版されました。
そんな当時の書籍も展示。
手に取って読まれる見学者もおりました。
ブログ筆者は、銀座は東京の中でも
敷居が高い場所と思い込みがあり、
敬遠しておりました。
実際に銀座に訪れるには、2000年代
に入ってからでした。
関連先記事リンク
まとめ
90年代のソニーは、単なる家電メーカーで
はなく、未来の暮らし方までデザインしよう
としていたように見えます。
映像、音楽のデジタル化、PSやVAIOの
登場。
今のネット社会や娯楽のエンターテイメント
の原型が開花していく時代でした。
「100.80.60.展」は、技術史としてもカル
チャー史としても非常に興味深く、ソニーに
馴染みのある方はもちろん、そうでない方に
も新たな発見をもたらしてくれる展示でした。
次回は、2000年代を紹介します。
ソニーの家電事業が、衰退していく
時期になります。
そんな中、新たな事業展開にシフトして
いく様子を紹介します。
このブログ記事を機会にご一緒に
銀座やソニーの歴史や魅力を
共有できることをうれしく
思います。

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